ウッチャンナンチャンのウリナリ!!

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ウッチャンナンチャンのウリナリ!!
ジャンル バラエティ番組
放送国 日本の旗 日本
制作局 日本テレビ
企画 内村光良、南原清隆
演出 土屋敏男(P兼務)
工藤浩之
加藤幸二郎
プロデューサー 初代:土屋敏男
2代目:戸田一也
3代目:矢追孝男
CP初代:棚次隆
CP2代目:吉川圭三
出演者

ウリナリオールスターズ
ウッチャンナンチャン
内村光良南原清隆
キャイ〜ン
ウド鈴木天野ひろゆき
K2
勝俣州和堀部圭亮
よゐこ
濱口優有野晋哉
千秋
ビビアン・スー
藤崎奈々子
ほか

進行アナウンサー
河村亮(日本テレビアナウンサー
ほか
出演者も参照。)
音声 ステレオ放送
エンディング 歴代EDも参照。
外部リンク 日本テレビ
1996年4月から1999年3月まで
放送時間 金曜日 20:00 - 20:54(54分)
放送期間 1996年4月12日 - 1999年3月
1999年4月から2002年3月まで
放送時間 金曜日 19:58 - 20:54(56分)
放送期間 1999年4月30日 - 2002年3月22日
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ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』(通称:ウリナリ!!)は、1996年4月12日から2002年3月22日まで日本テレビ系列局で放送されていた日本バラエティ番組お笑いコンビウッチャンナンチャンメイン司会を務める冠番組

放送時間[編集]

時刻はいずれもJST

  • 日本テレビ系列29局(テレビ大分除く)
    • 毎週金曜 20:00 - 20:54 (1996年4月 - 1999年3月)
    • 毎週金曜 19:58 - 20:54 (1999年4月 - 2002年3月)
  • 沖縄テレビフジテレビ系) 
    • 毎週月曜 24:25 - 25:20 → 毎週水曜 17:00 - 17:54 → 毎週水曜 16:59 - 17:54
    • 前番組ではスポンサードネットだったが、この番組からはローカルスポンサーとなった。

番組史[編集]

前史[編集]

構成の内村宏幸、演出の工藤浩之、制作会社のTHE WORKSがウリナリまでの共通スタッフ。
全国ネット昇格。勝俣州和 、キャイ〜ン、よゐこが初出演。
ゴールデン昇格。堀部圭亮、千秋が初出演。
  • 1995年12月1日 - McKeeポケットビスケッツのユニット名が決定し、正式に発足。
  • 1996年3月21日 - 『スーパークイズスペシャル』に初登場(この時出演したのは、ウッチャンナンチャン、キャイ〜ン、よゐこ、千秋)。この後、- 1997年秋、1998年秋 - 1999年春までウリナリの部分のロゴがスーパークイズスペシャルのロゴにつき、この頃が全盛期だったことが分かる(1998年春はウンナンがスケジュールの都合で出演できなかったため、タイトルにない)。

初期[編集]

  • 1996年4月12日 - 番組名を改題。『ウリウリナリナリ』ではコント中心のバラエティであったが、この『ウリナリ!!』ではドキュメント系バラエティとし、ウンナン・レギュラー陣がさまざまな企画に挑戦するというものがメインに変更され、いったんコントは最小限にとどめられる。
  • 1996年8月 - 9月頃 - この時期キャイ〜ン、K2、よゐこ、千秋、ビビアン・スーをのぞく「ウリウリナリナリ」時代からのレギュラー及び、「ウリナリ」の新規レギュラーが相次いで番組から姿を消した。理由は不明。
  • 1996年9月4日 - ポケットビスケッツ(ポケビ)の2ndシングル「YELLOW YELLOW HAPPY」を発売したが、ミリオンセラーを記録する。これを機に徐々に番組認知度と視聴率が上昇していく。
  • 1996年9月13日 - エンディングテーマ前のウリナリコントライブコーナー・「ランキングキャラクターライブ」がスタート。
  • 1996年 - ウンナンと同期で親しい出川哲朗が濱口との「お見合い対決企画」で初登場する(ただし、後述の一部芸能人同様、ゲスト扱い、ウリナリにおいては本格的コーナーでは初のゲスト出演者とも言える)。

中期[編集]

  • 1997年1月10日 - ブラックビスケッツ(ブラビ)が初登場。
  • 1997年2月 - 普段めったにバラエティに出演しない歌手松任谷由実(ユーミン)と松任谷正隆夫妻2人が内村と勝俣の「モテないブラザーズ企画」で初登場する(ただし、先述の出川・後述の一部芸能人同様、ゲスト扱い)。3月に開催するユーミンのライブにてモテないブラザーズが参加する打ち合わせとユーミンへのオファーを行った。
  • 1997年3月 - そのユーミンのライブに内村と勝俣によるモテないブラザーズが「春よ、来い」の演奏でスペシャル参加。2人は見事に演奏、大成功した。4月に完全版が放送された。
  • 1997年10月10日 - のウリナリ!!2時間スペシャル『ウリナリ芸能人社交ダンス部 炎の全日本団体戦スペシャル』(19:00 - 20:54放送、『ぐるナイ』は休止)で平均視聴率28.2%を記録。この回が、特番を含むウリナリの全放送回(1996年 - 2007年)の中で最高視聴率を記録した放送となり、当時、視聴率を最大の強力裏番組だったテレビ朝日系「Mステ」についに勝利。
  • 1997年 - 初めてオープニングCGとタイトルロゴを変更。この年、藤崎奈々子が初登場。
  • 1998年 - ポケビ VS ブラビ(3人時代)の対決絶好調・全盛期、若年層を中心に支持され、番組発の両者の曲も引き続きミリオンセラーを記録する。
  • 1998年12月25日 - 初のウリナリ大型特番『ザッツウリナリテイメント』を生放送
  • 1998年12月31日 - ポケビとブラビが和解し(設定上)、『第49回NHK紅白歌合戦』にスペシャルユニットとして出場。ポケビVSブラビ対決は事実上これが最後となる。これ以降、徐々にポケビとブラビのからみが減っていく。
  • 1999年4月 - ケディが初登場。5月からブラビ正式メンバーに。
  • 1999年4月30日 - 放送時間2分拡大、金曜19:58 - 20:54となる。
  • 1999年6月18日 - 視聴率が裏番組であるテレビ朝日系「Mステ」に久々に負けを喫する(Mステは当時マスコミで騒がれ若者のあいだで人気となっていた宇多田ヒカル初登場回だった)。これ以降、徐々にではあるが視聴率をMステに奪われはじめる。
  • 1999年5月21日 - ブラビがケディ像をポケビに買うよう求めに行くが拒否された。この放送がポケビとブラビの会話を伴う最後の共演となる(最終回では会話はしていないため)。
  • 1999年7月 - ブラビから南々見狂也、ケディが脱退。そのまま自然終了・活動停止に。
  • 1999年10月 - ビビアンがブラビ活動停止と同時に母国台湾へ一時帰国のためレギュラーを降板(詳細はビビアン・スー参照)。3年ぶりのレギュラー降板者となる。ビビアンは2000年12月の「ナトゥ」宣伝時と2002年3月の最終回の「ウリナリ祭り」のスペシャルのみ帰って来ている(ウリナリ祭りではゲスト出演という形でブラビで出演した)。
  • 1999年10月15日 - 「ランキングキャラクターライブ」がこの日で終了。
  • 1999年10月22日 - 「ランキングキャラクターライブ」に代わる新ウリナリコントライブコーナー「スーパーフライデーナイトライブ」がスタート。
  • 1999年12月31日 - 2000年1月1日 - 『スペシャル いけ年こい年 1999→2000』を日本テレビ大晦日スペシャルとして放送。その中で『ウリナリ!!』企画も放送。ユーミンとポケビの夢のライブで新曲『Millennium』を披露、さらに、2年半ぶりにもてないブラザーズが復活、スペシャル版「春よ、来い」を演奏したほか、南原清隆がブラビ時代に「Timing」で演奏した経験をいかし、ユーミンの歌とともにサックス演奏をした。
  • 2000年1月21日 - 「ポケビ慰安旅行」にて千秋のポケビ卒業&ソロデビューを発表。
  • 2000年4月14日 - 千秋がポケビを卒業。3月12日に日本武道館で開催されたポケビシークレットライブをスペシャルで放送。それに伴い、ポケビは活動停止となる。
  • 2000年4月28日 - ウリナリ大会議「ウッチャンナンチャンのウリナリ!!5年の奇跡」放送。

後期[編集]

  • 2000年5月26日 - タイトルロゴの2度目の変更。同時にオープニングCGは廃止され、通常放送のオープニングは放送日の各コーナーの内容の紹介をするだけの簡易的なものになり、タイトルロゴも左上または右上に小さく表示されるだけになる(ただし、通常放送時でも一部の日とスペシャル時は除く)。
  • 2000年9月22日 - 「スーパーフライデーナイトライブ」がこの日で終了。一時、ウリナリコントライブコーナーが廃止。
  • 2000年11月 - ケディが降板する。
  • 2001年4月20日 - 長年レギュラーだった千秋、藤崎奈々子が降板する。降板の挨拶は2人ともなく、最終回の「ウリナリ祭り」でゲスト出演するまでウリナリには全く出演しなかった。

末期[編集]

終了後[編集]

出演者[編集]

出演者が言葉を発した際に画面に表示されるテロップは1996年以来、色がほぼ決まっていた。かっこは2002年3月までの出演期間とテロップの色である。特に記述のない限り、テロップの色は主にで、それ以外は毎回色が変わっていた。ただし、一部出演者は同じ色になっている。

レギュラー出演者[編集]

メイン(およびリーダー)[編集]

  • ウッチャンナンチャン

『ウリウリ!ナリナリ!!』から続投[編集]

  • K2
    • 勝俣州和(1996年4月 - 2002年3月、濃い緑)
    • 堀部圭亮(1996年4月 - 2001年5月、多少濃い緑)
  • キャイ〜ン
  • よゐこ
    • 濱口優(1996年4月 - 2001年5月、水色)
    • 有野晋哉(1996年4月 - 2001年5月、濃い紫 一時期「有野晋子」と名乗っていた。)
    • コンビ時(ポケビ・ブラピの日など)は茶色が多い
  • 室井滋(1996年4月 - 5月、1997年 「ウリナリ」ではMckeeとしての活動報告のみの出演だったが、Mckeeの消滅とともに番組から姿を消した。翌年「芸能人社交ダンス部」に部員として参加。)
  • 国生さゆり(1996年4月 - 5月 「ウリナリ」ではMckeeとしての活動報告のみに留まり、Mckeeの消滅とともに番組から姿を消す。)
  • 千秋(1996年4月 - 2001年4月、ピンク)
  • 高山理衣(1996年4月 - 8月 「芸能界サークル活動宣言」の総合司会を担当したが、コーナーの自然消滅やMckeeの解散、新女性陣の台頭などもあり番組から姿を消す。)

全盛期[編集]

  • ビビアン・スー(1996年5月 - 1999年10月、2002年、オレンジ 「ウリウリ!!ナリナリ!!」時代からたまに番組に顔を見せていたが「芸能人社交ダンス部」の加入を機にレギュラーとなる。)
  • 藤崎奈々子(1997年頃 - 2001年4月、2002年、薄紫 「芸能人お見合いサークル」の第2弾のお見合い相手として番組初登場。その後「ドーバー海峡横断部」への入部以降レギュラーとなる。)
  • ケディ(1999年4月〜2000年11月、2002年、薄緑)
  • 山川恵里佳(1999年11月 - 2002年3月、赤に近い肌色)
  • 神尾米(1999年 - 2000年1月、2002年、テロップ色不明 「ドーバー海峡横断部」の部員のみの出番であったが、いつしかレギュラー扱いとなっていった。)
  • ジニー(2000年9月 - 2002年3月、オレンジ色、2000年12月のビビアン一時復帰出演時は濃いピンク)
  • ハン(2000年9月 - 2002年3月、薄紫)

解散総選挙後[編集]

ウリナリ進行アナウンサー[編集]

さまざまな企画でのウッチャンナンチャンのアシスタント的な役割を担った。以下の日本テレビアナウンサーが担当(▲は日本テレビアナウンス部に現在は所属していない、あるいはかつて在籍していた元アナウンサー、フリーアナウンサー)。

  • 羽鳥慎一(▲「もってこいしりとり」進行役など)
  • 鷹西美佳(▲初期の社交ダンス部顧問)
  • 後藤俊哉(▲初期に一時担当)
  • 河村亮(「ウリウリナリナリ」時代から社交ダンス部のみとなった特番まで担当、ウンナン・キャイ〜ン・勝俣に次ぐ最多出演者。彼はこの番組でバラエティにも進出するようになった。ウリナリ審査委員会も担当した。)
  • 松永二三男(▲レギュラー放送時代中期 - 末期頃に一時担当)
  • 藤井貴彦(トーバー仮面。ドーバー海峡横断部に部員で参加)
  • 山王丸和恵(▲1998年ポケビ100万人署名最終日の集い時、中継担当)
  • 藤井恒久(1999年ウリナリブラビ生放送特番スペシャル時、中継担当)
  • 魚住りえ(▲1999年〜2002年、ウリナリブラビ生放送特番スペシャル時、中継担当ほか)
  • 蛯原哲(1998年頃に一時担当)
  • 村山喜彦(1999年ウリナリグレートサミット・UGSの1回のみ)
  • 舟津宜史(▲1999年のウリナリグレートサミット・UGSの1回のみ)
  • 松本志のぶ(▲2000年〜2001年、ウリナリゼミナールのホワイティのアシスタント担当)
  • 高橋雄一(▲2002年)

など

ウリナリ応援団[編集]

団長の勝俣を筆頭に結成された団体、最初の社交ダンス大会以降あらゆる企画に登場したが、要は出番がないレギュラーのために用意した野次馬ポジション。96年秋頃のレギュラーの人員整理によって消滅した。

ウリナリ審査委員会[編集]

元々は追加ルールや課題の発表などを出演者及び視聴者に発表する役割を受け持つ架空の組織。制作側の意思を具現化した物と言える。登場時には必ずタキシードを着ていた。主にポケビ・ブラビの企画を中心に、中期に十数回登場。1999年に、ポケットビスケッツとのCD発売を賭けてのトライアスロン対決に敗れた事で自然消滅した。

その他のレギュラー出演者[編集]

  • 森脇健児(1996年4月 - 8月 当初は「もってこいしりとり」のみのレギュラーであったが、コーナー消滅後は全レギュラー参加企画や「ウリナリ応援団」の参加というポジションばかりであった。)
  • 巴千草(1996年4月 - 8月 初期のコント出演や、「ウリナリキリ」の進行役が主な出番であり、森脇同様全レギュラー参加企画や「ウリナリ応援団」の参加などに甘んじた末フェードアウトしていった。)
  • ニラ・バラ(2000年 - 2001年)

1コーナーのみの出演者[編集]

  • 杉本彩(1996年4月 - 2002年3月「社交ダンス部」、濃い
  • わたりとしお(1996年4月 - 1999年「社交ダンス部」、テロップ色不明)
  • 鈴木紗理奈(1996年4月 - 5月「社交ダンス部」、テロップ色不明)
  • 矢部美穂(1996年「社交ダンス部」、テロップ色不明)
  • 出川哲朗(1997年「芸能人お見合いサークル」、テロップ色不明)
  • 伊藤裕子(1996年 - 1997年「社交ダンス部」、テロップ色不明)
  • 遠藤久美子(1997年 - 1998年「社交ダンス部」、テロップ色不明)
  • 松任谷由実(1997年2月 - 4月、1999年12月 - 2000年2月「モテないブラザーズ」、テロップ色不明)
  • 松任谷正隆(1997年2月 - 4月、1999年12月 - 2000年2月「モテないブラザーズ」、テロップ色不明)
  • 小倉久寛(2000年「マーチングバンド部」、テロップ色不明)
  • 北陽(2002年1月 - 2月「狂言部」、テロップ色不明)
  • いとうせいこう(2002年1月 - 2月「狂言部」、テロップ色不明)
  • チューヤン(2002年1月 - 2月「狂言部」、オレンジ色)
  • 加藤茶(2001年「ウリナリライブ2001 スペシャルジョイントカーニバル」、コントのみの出演のためテロップなし)
  • 三津谷葉子(2001年「社交ダンス部」、テロップ色不明)

主な企画[編集]

主なコーナー[編集]

収録はどのコーナーも主に日曜日月曜日の2日間にわたって行われていた。先述・後述にもある通り、当番組は終始体力勝負が鍵になる番組だった。レギュラー陣はポケビとブラビをはじめとする、最終回のウリナリ祭り等の各種舞台の打ち合わせからリハーサル・稽古、さらには社交ダンス振り付けの把握、各コーナー企画での楽器の演奏準備・アスリートスポーツ系企画の練習・またはコントライブの台本の把握と、相当ハードスケジュールのなかで行っていた。

そのうち、ランキングキャラクターライブについては日曜日の午前と午後に計4本2本撮りが行われていた。そのため、TBS系列の生放送「アッコにおまかせ!」に昼11時45分~13時まで出演していた勝俣については日曜日(もちろん、そのほかのメンバーも当時は売れっ子のため多忙を極めていたが、日曜日と月曜日に生レギュラー担当番組は当時なかった)はアッコ - の本番前打ち合わせ・リハーサルがあることによるスケジュールの関係上、体力勝負企画が多く収録時間・拘束時間の長いウリナリにおいては主に午後収録と月曜日の収録に参加していた(ただし、アッコ - に出演しない週もあるため、その場合は、極力ウリナリの収録に終日参加していた)。また、ビビアンについても当番組で一躍注目されて以降、ウリナリ参加当初ほぼ無名・他番組への出演なしだったものがブラビのスタミナにおけるミリオンセラー以降になると故郷の台湾を始め各国からオファーが殺到するようになり、徐々に各国へ幅を広げるようになったため、1998年に社交ダンス部のコーナー時に1週間ほど参加できなくなったのを皮切りに1999年春頃からブラビ以外のコーナー出演を極力減らすようになった(ビビアン・スーも参照 → 同年降板)。

ウリナリ解散総選挙[編集]

2001年4月、ウリナリ大会議で「ウリナリ解散総選挙」実施が決定(決定への経緯は2001年4月20日放送「ウリナリ大会議 ウリナリ解散総選挙について」を参照)。同年5月、総選挙後に番組リニューアルが行われ、メンバーが大幅に変更。女性陣についても山川恵里佳を除き全員変更された。選挙では東京のみならず全国主要都市に投票所を設けた他、出口調査や比例代表制、随時当選確実(開票に番組側が介入出来るため、実際の当確のプロセスとは異なるが)の速報を入れるなど本物の制度やそれに関する報道体制を取り入れ、舛添要一が解説で出演した。なお実際の選挙は未成年者および日本国籍を有しない者の投票は認められないが、ウリナリ解散総選挙では原則として誰でも投票可能であった。

しかし、番組の大リニューアルは結果的に失敗し、2002年の3月いっぱいで放送終了が決まった。

ウリナリ解散総選挙

運命のファイナルステージ ウリナリ祭り 〜7年間の総決算〜[編集]

2002年3月12日、有楽町・東京国際フォーラムにて行われた『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』ファイナルイベント。レギュラー放送最終回。映画の撮影でどうしても来られなかった堀部圭亮を除きかつてのレギュラーがほぼ全員出演。千秋、ビビアン以外はエンディングまで出演していた(番組貢献者の千秋とビビアンがなぜ早々に帰ってしまったかは不明だが、スケジュールの都合上説やゲスト扱いのため等さまざまある)。

ポケビ、ブラビ、ウルトラキャッツ、メモリーキャッツ等、番組発ユニットのヒット曲披露(McKee、黒幕&愛人、ウリナリオールスターズを除く)、部活動ヒストリー、現メンバーによるスチールパン演奏などを行い、7年間の番組の歴史に幕を閉じた。

タイトルのロゴ[編集]

  • 初代(1996年4月12日 - 1997年)
初代タイトルロゴにはタイトルの下部に「Uri Nari」ともついていた。
  • 2代目(1997年 - 2000年5月19日)
このロゴのOPは内村と南原の顔がはめ込まれていたが、内村がウリナリ大会議で補欠扱いとされた時期にはCGが編集されて顔がない状態[1]でオンエアされ、『ナンチャンのナリ!!』とタイトルも変更された(ただし、1998年3月頃までは一部コーナーのロケで簡易セットを立てた際、なぜかセットは初代ロゴの表示となっていた)。

デザインは上に小さくウッチャン(赤)ナンチャン(緑)の(青) 下に大き浮く ウリ(赤)ナリ(黄)!!(青)であった。

  • 3代目(2000年5月26日 - 2001年9月)
この3代目のみ、OPのCGがない。
  • 4代目(2001年10月19日 - 2002年3月22日)
タイトルから「!!」が消え、代わりに「un」と「U.R.I.N.A.R.I」が追加される

音楽ユニット[編集]

この番組から誕生した番組企画ユニット。番組終了に伴い全てのユニットが活動を停止している。復活の声は今でも根強い。

内村側ユニット

南原側ユニット

その他

  • ウリナリオールスターズ

エンディングテーマ[編集]

『ウリナリ!!』では、番組で結成された企画ユニットの曲をエンディングテーマとしていた。主にユニットのプロモーションビデオメイキングビデオの映像とともに流れていた。エンディングテーマがない時期もあった。なお、TERUの「青の住人」(1999年2月19日放送)は前奏が長いため歌詞がほとんど流れなかった。

  1. 「Can't Stop My Heart」McKee
  2. 「Rapturous Blue」ポケットビスケッツ(1996年5月10日等)
  3. 「Yellow Yellow Happy」ポケットビスケッツ
  4. 「Red Angel」ポケットビスケッツ
  5. 「GREEN MAN」ポケットビスケッツ
  6. 「STAMINA」ブラックビスケッツ(1998年1月30日等)
  7. 「Timing」ブラックビスケッツ(1998年4月17日 - 6月5日、7月3日)
  8. 「Pink Princess」ポケットビスケッツ(1998年6月19日)
  9. 「POWER」ポケットビスケッツ(1998年7月17日 - 7月31日、8月21日、9月4日 - 9月11日)
  10. 「Relax」ブラックビスケッツ(1998年10月16日 - 10月30日、11月13日 - 12月18日)
  11. 「HAPPY CHRISTMAS」ウリナリオールスターズ(1999年2月12日)
  12. 「青の住人」TERU(1999年2月19日)
  13. 「マーガレット」CHIAKI&FruitsFlowers(1999年2月26日 - 3月12日)
  14. 「まごころ」ウド鈴木
  15. 「Bye-Bye」ブラックビスケッツ(1999年5月28日 - 7月16日、2000年11月3日)
  16. 「Days」ポケットビスケッツ(1999年7月23日、7月30日、8月27日 - 9月17日)
  17. 「My Diamond」ポケットビスケッツ(1999年8月13日)
  18. 「Millennium」Yuming+ポケットビスケッツ(2000年1月21日 - 2月25日)
  19. 「チッチナ」南々見組(2000年5月12日、5月26日)
  20. 「サヨナラッ」南々見組(2000年6月16日、6月23日)
  21. 「partner"S"」ブランニュービスケッツ
  22. 「東京LOVE」黒幕&愛人(2001年2月9日)
  23. 「TOMORROW」メモリーキャッツ
  24. 「バレム〜願い〜」ウルトラキャッツ

なお、社交ダンス部の特番にはエンディングテーマはない。

DVD・VHS[編集]

ポケビ・ブラビなど音楽ユニットのディスコグラフィは各ユニットの項を参照。

  • ウッチャンナンチャンのウリナリ!! ランキング・キャラクター・ライブ傑作選 (1 - 6巻・「ザ・ベスト・オブ・ホワイティ」) - 初回特典として各ユニットのカードがランダムに各3枚付いていた。カードは全60種。
  • ウッチャンナンチャンのウリナリ!! ナトゥ
  • ウッチャンナンチャンのウリナリ!! ドーバー海峡完全横断!! (前編・後編)
  • 運命のファイナルステージ ウリナリ祭り完全版
  • ウッチャンナンチャンのウリナリ!! 芸能人社交ダンス部 DVD-BOX
    • ウッチャンナンチャンのウリナリ!! 芸能人社交ダンス部 1996春 伝説はこの大会から始まったスペシャル!!
    • ウッチャンナンチャンのウリナリ!! 芸能人社交ダンス部 2005春 大復活!新たなる挑戦スペシャル!!

スタッフ[編集]

関連項目[編集]

(内村が出演)
(ウリナリ放送当時は金曜19時に放送しており、現在は木曜20時に放送しているバラエティ番組。『ウリナリ!!』とセットで見ていた視聴者も多かった)
(2003年放送、1990年代天才お笑いコンビとして紹介された)
(1990年代の日本テレビ改編期番組対抗クイズ特番。『ウリナリ!!』としては96年春〜99年秋参加、95年春・秋は『ウリウリ!ナリナリ!!』として参加。ウッチャンナンチャンが同じく金曜日に放送されている『ぐるナイ』出演のナインティナインと唯一共演していた番組でもある。ただし、ウンナンとナイナイが話している場面は一切なかった。)
毎日放送で放送された番組。よゐこが出演しており、コンセプトが本番組と類似している。)
テレビ朝日系列の裏番組。番組との直接の関係はないが、1997年秋頃以降は視聴率で互角の争いを繰り広げていた。当番組終了後も続いている。ただし、番組終了後の2002年にウルトラキャッツが出演しており、やはり裏番組ということを内村・司会タモリがネタにしていた。内村は別番組発祥のユニット名義でも出演)

脚注[編集]

  1. ^ 内村の顔がないだけでなくこの時の宇宙服の文字も『う』が『?』に変更されていた。

外部リンク[編集]

日本テレビ系列 金曜19:58 - 20:00枠
前番組 番組名 次番組
ぐるぐるナインティナイン
※19:00 - 20:00
【2分縮小して継続】
ウッチャンナンチャンの
ウリナリ!!
ぐるぐるナインティナイン
※19:00 - 20:00
【再度2分拡大】
日本テレビ系列 金曜20時台
ウッチャンナンチャンの
ウリナリ!!
マネーの虎
【土曜24:50から移動】